海外のサイダーは専用りんごで作られることが多く、酸味も香りも強くはっきりとしています。一方、日本のサイダーは食用りんごで作るため香りも個性も弱い…そんな従来の印象を変える香り豊かなサイダーを作りました。松本の生産者が手間暇かけて作った“蜜りんご”を低温で醸すことで香りを引き出し、味を追求した結果、少量ずつ時間をかけて熟成させる。大量生産では作り出せない、松本産りんごの美味しさをそのまま感じられる信州ならではのサイダーです。
私は松本十帖のレストラン『367(三六五十二)』でシェフを務めています。もしかすると「シェフがなぜ醸造を?」と思われる方がいらっしゃるかもしれません。私がイタリア修行時代に学んだこと。それは「地域の食の大切さ」でした。星付き店へ技術を学びに行ったのですが、現地でなにより衝撃だったのが地域の料理に誇りを持つシェフたち、そして地域のワインで食事を楽しむ人々の姿でした。
自分は生粋の日本人です。“イタリアの料理技術をどんなに学んでも本当のイタリア料理をつくることはできない。日本に帰って自分に何ができるのか?”と、深く考えさせられた修行時代でした。
ソムリエの資格をとったのも「料理技術だけではダメだ。もっと総合的に学ばないと」と思ったからでした。そしてソムリエをとるのと同時に芽生えたのが、日本らしい酒を、自分の目指す料理と合う酒を醸造したい、という想いでした。
2022年7月。松本十帖のグランドオープンと同時に、レストランの目の前に醸造所が完成しました。実は醸造責任者を外部から招聘しようとしていたのですが、人生にチャンスは何度も訪れません。「自分でやってみたい!」と相談したところ、全員が私の決断を 支えてくれました。
料理に合うキレのあるハードサイダーを。りんごの香りを残しながらもキレのあるサイダーを醸すため、りんごの品質はもちろんですが、醸造上では発酵時の温度に徹底的にこだわっています。一般的な醸造期間の数倍の時間をかけてゆっくり低温で醸すことで、日本酒のような切れ味がありながらも、りんごらしい香りとかすかな酸味が残るサイダ一に仕上がっているかと思います。
長野県はぶどう栽培とワイン醸造で有名ですが、りんごも青森県に次いで生産量二位という土地柄です。近い将来、ワイン醸造も予定していますが、 まずはハードサイダーと料 理のペアリングを追求していきたいと思っています。さまざまなハードサイダーをお試 しいただければ幸いです。
ワインは高価格の販売が可能なので醸造に手間暇かけられる。一方、りんごから醸造するハードサイダー(シードル)は安価なので量産するしかない……。これが今までの常識でした。
しかも日本のハードサイダーは食用りんごから醸造するので香りや酸味が乏しく、それがまた、日本で市民権を得られていない理由の一つでもありました。
近年、日本の果物は糖度一辺倒になりつつあります。「甘いこと付加価値」が進むにつれ、果物本来の香りや酸味、そして雑味が失われつつあります。当然、そのような果物で醸造しても、アルコール度数こそ上がりますが、深みある味わいは生まれません。
とはいえ日本の「ふじ」や「つがる」はかなり歴史ある品種で、食用とはいえ酸味や香りが十分に残っているのではないかと私たちは考えました。「ふじ」や「つがる」らしさを引き出せれば、日本らしい優しい味わいのハードサイダーができるはず、と。
私たちの醸造するハードサイダーは、一般的なハードサイダーより低温で、長期間をかけて醸しています。大量生産できず、コストもかかりますが、結果、ヨーロッパのシードルとも、アメリカのハードサイダーとも違った味わいになりました。
スパークリングワインより軽く、ピールより身体にすーっと入っていくナチュラルな味わいを。ぐびぐび飲める切れ味と果実酒らしい深みのバランスを。最初の一杯はもちろん、運動後や風呂上がり、サウナで汗をかいた後など、身体がミネラルを求めているときに、ぜひ味わってみてください。
1984年、静岡・富士宮市生まれ。東京の調理師専門学校を卒業後、都内と静岡のイタリアレストランで勤務。その後イタリアへ渡り現地のレストランで本場のイタリアンを学ぶ。その最中にイタリアンとローカル・ガストロノミーを掛け合わせた料理を提供する自遊人と出会う。入社後は『里山十帖』での勤務を経て、スーシェフ(副料理長)として『箱根本箱』へ。オープニングから2年半、『箱根本箱』の発展に寄与し、2021年1月より『松本十帖』のシェフ(フードディレクター)に就任。同時にサイダーの醸造を開始。
1967年、東京・池袋生まれ。武蔵野美術大学でインテリアデザインを専攻し、在学中の1989年にデザイン会社を創業、のちに編集者に転身。2000年に雑誌「自遊人」を創刊し、編集長に。2002年、日本全国の美味しくて安全な食を提供する『オーガニック・エクスプレス』をスタート。
2004年には日本の主食である「お米」を学ぶため、活動拠点を東京・日本橋から新潟・南魚沼市に移転。2014年、同県同市に『里山十帖』を開業。以後、『講大津百町』(滋賀県)、『箱根本箱』(神奈川県)『松本十帖』(長野県)を開業。ライフスタイル提案型複合施設やローカル・ガストロノミーという新たなジャンルを開拓する。